教養

私にとっての永遠の書『罪と罰』


2013.12.31

「ドストエフスキーの『罪と罰』は、わたしの人生にとってかけがえのない意味をもつ“永遠の書”です」──こう語るのは、名古屋外国語大学学長の亀山郁夫(かめやま・いくお)氏だ。亀山氏に『罪と罰』の最初の読書体験を語ってもらった。

 

*  *  *

 

わたしの人生は、まさにこのロシア文学の傑作との出合いによって始まりました。恐怖と孤独、喜びと希望、そして、許し……人間の心の奥底にひそむ根源的ともいうべき感情を、『罪と罰』を通して学んだ、といっても少しも過言ではありません。そして、今、わたしが最大の心の支えとしている「率直であれ」というモットーも、じつはこの『罪と罰』に起源を発しているのです。

 

わたしが、はじめて『罪と罰』を手にしたのは、14歳の年、中学3年の夏休みのことでした。父が買ってくれた世界文学全集の1冊だったこの小説を、わたしは偶然に手にとり、夢中になって読みはじめたのです。

 

主人公の青年ラスコーリニコフが2人の女性を殺す場面に、異様といえるほどの興奮を覚え、主人公と完全にシンクロし一体化していました。この場面を読み終えた翌朝、ブラスバンド部の練習のために家を出ようとして、わたしはふと「警察に逮捕されるのではないか」という恐怖にかられ、自転車のペダルを漕ごうとする足を止めたほどです。

 

恐怖と恍惚(こうこつ)が入りまじる圧倒的な興奮と、そののちに押し寄せてきた孤独の感覚が、読書に拍車をかけました。主人公に同化したわたしは、絶望にひしがれながらペテルブルグの裏町をさまよいつづけました。10代半ばの子どもにも、人類の見えざる輪から切り離されるということの何たるかは理解できましたし、主人公が口づけする広場の土ぼこりの匂いまで感じとることができたのです。

 

そのときわたしは、罪を犯すことの恐怖と孤独を、おそらく何かしら啓示にも近いものとして体験していたにちがいありません。それはまさに、最初にして最後といってもよい、強烈な『罪と罰』体験でした。

 

■『NHK100分de名著』2013年12月号より

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