教養

アラジンは中国人だった?


2013.11.27

中国と日本が混在した衣装のアラジン(ウォルター・クレイン画)

アラビアンナイトの原形ができたと考えられているアッバース朝の首都バグダードは、唐の長安と並ぶ世界有数の都市だった。七世紀に勃興したイスラームは短期間で勢力を拡大し、アッバース朝のころには北アフリカ、アラビア半島、インドや中央アジアにまたがる巨大な文化圏を形成していた。領土拡張の過程でイスラーム以前に中東の覇者だったペルシャの文化、ギリシャのヘレニズム、またインドの文明なども受容し、宗教的にはキリスト教、ユダヤ教などと共存し、まさに「異文化の交差点」の様相を呈していたのだ。

 

このようなイスラーム独自の多様性を象徴する驚きのエピソードを、国立民族学博物館教授の西尾哲夫(にしお・てつお)氏が紹介する。

 

*  *  *

 

「アラジンと魔法のランプ」は比較的新しい物語と思われるのですが、一般の方にはアラビアンナイトらしいお話として非常に人気があります。こんなストーリーです。

 

──昔むかし、あるところにアラジンという貧しい少年がいました。その彼のもとにある日、亡くなった父の弟というおじさんが訪ねてきました。アラジンは彼と親しくなり、やがて郊外の地下に通ずる場所へといざなわれ、魔法のランプと出会います。そのランプはこすると魔人(ジン)が現れ、何でも望みをかなえてくれるというすばらしいものなのですが、なぜか地下室に降りて取ってこられるのは世界中でアラジンただ一人なのです。おじさんの正体は悪い魔法使いで、どうしてもランプを得たいがために、アラジンをだましてその場所へ連れていったのでした。しかし、魔法使いはあと一歩というところでしくじり、ランプはアラジンのものになります。

 

百人力のランプを得たアラジンは豊かになり、商人として実力をつけていきました。そんなある日、アラジンはハンマーム(公衆浴場)に向かうスルタン(※)の娘を見て一目惚れします。どうしても彼女と結婚したいと思った彼は、魔人の力を借りて妻に迎えることができました。魔人に見事な宮殿も建てさせ、新婚生活が始まりました。ところがここに例の悪い魔法使いがふたたび現れ、アラジンの留守中に妻をだましてランプを奪い取り、宮殿ごと自分の故郷に運び去ってしまいます。しかしアラジンはめげずに魔法使いのあとを追い、妻に指示して魔法使いに一服盛り、ランプを取り戻します。これさえあれば、もう恐いものはありません。アラジンは魔人を呼び出すと、ふたたび宮殿を元の土地に運ばせ、幸せに暮らしました──。

 

おそらく、「それなら知ってる」と思われた方が多いでしょう。しかし、この物語にはしばしば見落とされている大事なことがあるのです。それは、この舞台地はいまでいえばなんと「中国」で、アラジンは「中国人」だということです。

 

日本ではアラジンといえば白いターバンと、足首のところでキュッと絞ったズボンをはいた少年を思い浮かべますが、それは私たちの思い込みなのです。イギリスの画家が描いたアラジンの挿画をあげますのでご覧ください。おそらくみなさんが思い描いているアラジンとはまったく違うでしょう。東南アジアの笠のようなものをかぶり、日本の着物のようなものを着ている少年です。これもシノワズリ(中国趣味)とジャポニズム(日本趣味)のミックスのようなかなり偏ったアラジン像ですが、ターバンのアラブ人を想像してしまう私たちよりは実像に近いといえます。

 

驚くことは、それだけではありません。アラジンをだました悪いおじさんは中国人ではありません。こちらは遠いマグリブ(北アフリカのモロッコあたり)からやってきた魔法使いなのです。つまり、物語の中で移動する宮殿は、地球の西の端から東の端へ、海を越え山を越えて行ったり来たりしているのです。このダイナミックなスケール感覚こそがアラビアンナイトの魅力です。

 

付言すると、われわれの感覚では中国というと北京や上海などをイメージしますが、当時の中東の人がイメージしていた中国は、中央アジアに近い場所です。こうした地域であればムスリムはいくらでもいますし、文化や風俗景観にもイスラームと中国の中間のようなところがあるので、納得していただけるのではないでしょうか。

 

※スルタン:イスラム王朝の君主の称号。権威を意味するアラビア語で、11世紀以降、称号として使われるようになった。

 

■『NHK100分de名著』2013年11月号より

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