教養

「アラビアンナイト」を有名にしたのはフランス人だった


2013.11.11

世界中の人々を魅了してやまない「アラビアンナイト」。その原形ができたのは9世紀ころとされ、日本で言えば平安時代にあたる。現代における根強い人気に鑑みれば、アラビアンナイトは当時から絶えず読み継がれてきたように思われるが、18世紀にあるフランス人によって見出されるまでは、中東でもそれほどポピュラーな作品ではなかったという。国立民族学博物館教授の西尾哲夫(にしお・てつお)氏に、このアラビアンナイトの再発見者について解説していただいた。

 

*  *  *

 

彼の名はアントワーヌ・ガラン(※1)といい、フランスの田舎町のロロで生まれた東洋学者です。身分はさほど高くないのですが学才があり、「太陽王」と呼ばれたルイ14世のもとでこつこつと研究にいそしみました。アラビア語、ペルシャ語、ギリシャ語、ヘブライ語、オスマントルコ語など、語学が堪能だったため、たびたび東方世界に派遣されたようです。

 

ガランは17世紀末に何度か中東を訪れましたが、文学の探索のためにかの地にやってきていたのではありません。任務は宗教的なものでした。当時のヨーロッパは宗教改革をめぐって争っており、カトリックだったルイ14世はプロテスタント勢に対抗する情報を集めるために、ガランをレバント地方(シリアやレバノンなど)の東方教会に遣わしました。そして、ガランの日記から推測すると、中東からフランスに戻った後の1701年、15世紀にシリアで筆写されたとおぼしき3巻のアラビアンナイトの古写本を手に入れたようです。

 

しかしガランは、アラビアンナイトより先に、それとは別にどこかで入手した「シンドバード航海記」の写本の翻訳にとりかかります。そうです。「アラビアンナイト」と「シンドバード航海記」は別個の本だったのです。当初ガランはおのおのを独立した翻訳本として出そうとしていたようですが、「シンドバード航海記」の翻訳後に、どういう経緯かはわかりませんが、この物語は「アラビアンナイト」という長大な物語集の一部だと信じるようになり、アラビアンナイトの翻訳にとりかかると、「シンドバード」をその一部に組み込んでしまいました。

 

ガラン翻訳のアラビアンナイトは1704年から刊行されはじめたのですが、世に出るや斬新な内容が読者の支持を得て、大ヒットとなりました。その噂を聞いてイギリスでもすぐに英訳が出され、こちらもベストセラーになります。とりわけイギリスでは「チャップブック(※2)」と呼ばれる安価な大衆本になって出回ったため、フランス以上に版を重ねてよく読まれるようになりました。本家本元の中東では、市民が写本を所持するようになってはいたものの、印刷術の導入が遅れたこともあり、印刷された書籍が広く読まれるという状況ではなかったのですが、市民社会が急成長しつつあったフランスやイギリスでは、一歩先んじて幅の広い読者層が成立していました。このため、休眠していた種が芽を吹き、花が咲くようななりゆきとなったのです。

 

※1 アントワーヌ・ガラン:1646~1715。フランスの東洋学者。外交使節になったフランス貴族の随員として中東に渡り、見聞を広める。ヨーロッパで出版された最初の本格的東洋百科事典『ビブリオテーク・オリアンタール』の編集にも参加。

 

※2 チャップブック:チャップマンと呼ばれる行商人が売った、通俗的な読み物。

 

■『NHK100分de名著』2013年11月号より

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